香霖堂の一日は仕入れから始まるとか如何とかと言うらしいが、
少なくとも今日の彼の行動はそれを思わせるもので、
なにやら気合を込めた様子で朝一番から店を後にする彼の姿があった。
荷車を引いて、獣道と然程変わりない道無き道を歩く。
それは古くて壊れかけていると、ギーコギーコと鳴る荷車の車輪から伺う事が出来た。
段差を越えるその度に、石を踏む度にガクガク音を立てて荷車は揺れる。
それに何処と無く愛着と言う名の好感を覚えつつ霖之助は目的地に辿り着いた。
辺りを見回して人っ子一人居ない風景。
それ以外にはガラクタばかり並んでいる風景を見て霖之助は安堵の息を洩らす。
霖之助にはどうやら巡り会いたくない相手がいる様だ。
確かに半妖である彼は普通の妖怪も身を襲う危険であるのだが、
一度見回しただけで警戒を続けない辺りを見ると彼が危惧しているのは彼自身を襲う者ではないらしい。
無縁の塚のガラクタの山をひたすらに掘り返し、練り歩き、目的の物を探す。
店に置く品物だけでは無い。収集家である自身を満足させる為にひたすら探す。
そして目的の物を見つけたらしい彼は埋まっているそれを引き上げ、
荷車に一つ一つ、所用の物を乗せて行く。
どうやら彼は会いたくない相手と会う前に目的を達成した様だ。
ひとしきり汗をふりはらうと額にまだ付いている汗を拭き取り、その場を後にしようとする。
――が。
「あーーーーー!!」
霖之助の荷車を見て快く思わず、声を上げる物がいた。
彼女こそ霖之助の出会いたくない相手であり、霖之助がわざわざ朝早くから無縁の塚に動かなければならない理由を作った河城にとりである。
「やぁ、遅かったね」
無表情で淡々と答えるその声の裏には悪戯を成功させた子供の喜びに近い何かが渦巻いている。
言うなれば勝利の余韻と自慢であろうか。
それを見て腹を立てたにとりは悔しげに荷車を指差して叫ぶ。
「ちょっと持って行き過ぎでしょ!少しは自粛してくれたっていいじゃないか!」
無縁の塚にある価値のあるガラクタは多い訳ではない。
分解して中身を拝見する為に拾う者が居れば、集める為に拾ったり、飾る為に拾う者すら居る。
その者達、需要を叫ぶ者が居るからガラクタに価値が生まれる。
それを供給するのが霖之助であり、また需要を叫ぶのも霖之助であった。
「こういう手合いは早い者勝ちと相場は決まっている。もし不満があるなら聞こうじゃないか」
「確かにそうだけれど限度って物があるでしょ!」
唸るにとりを他所に、意気揚々と。…普段の彼を見ていると少々不気味だが笑いながら荷車へと彼は向かう。
同業者との仕入れ争いに勝利し、珍しく浮かれた気分でいる様だが如何せん今日の霖之助は詰めが甘かった。
挙げるならば敗因は、
「おっと?」
欲に溺れて荷物を載せすぎた事。
調子に乗り何時もは仕入れる物を取捨選択するものを、今日の霖之助は何故かそれをしなかった。
故に許容量を大幅に超えてしまったのだろう、押しても引いても荷車はビクともしない。
「……非力だねぇ」
生来河童という者は怪力の象徴の様な者であったらしい。
そんな彼女から見た必死な霖之助はかくも愉快なものであっただろう。
ニヤニヤしながら霖之助を見つめていた。
「流石に詰め込みすぎたかな」
もう一つ。荷物を積んだ先が『愛着』が出る程のボロボロの荷車だった事の二つが挙げられるだろう。
ミシミシと軋む音が少しずつ大きくなるのをまだ二人は気付いていない。
「いやいや霖之助、半分だけとは言っても非力過ぎやしないかい?」
「僕はどちらかと言うとインドア派だから肉体労働は苦手なんだよ」
「いんどあ?なにそれ?」
「外来語で……まぁ、内向的という意味だよ」
「成る程詰まりは霖之助って意味だね――
彼女が言い終えたか言い終えてないか際どいタイミングでそれは崩れ去った。
振り向けば『愛着』が込められた逸れの欲を持たせすぎた末路が其処には存在していた。
「……」
「……俗に言う天罰?」
「この場には天罰を行なう怖い閻魔様は居ない」
「じゃあやっぱり因果応報だね」
「やっぱりって何だいやっぱりって」
「いやー、私の分の仕入れごと掻っ攫っていく馬鹿はこうなっても止むを得ないという事さね」
「いやその理屈は可笑しい」
「現に荷車は壊れてるじゃないか」
車輪が再起不能な形状に捻じ曲がって、よもや使いようにならない事を大袈裟に自己主張している。
呆然と見下ろす霖之助を他所に、にとりは何かを閃いたように手を合わせた。
「あれあれ残念欲をかいた霖之助は哀れにもガラクタを全て可愛いにとりちゃんに譲ることになりましためでたしめでたし」
「目出度くない目出度くない。と言うか自分で可愛いといって切なくならないのかい?」
「…ちっとだけ。じゃなくて!どうせ持って返れないのなら私が幾つか貰っていっても良いよね?」
「断るよ。何往復してでも持ち帰りたい物があるからね」
「ふーん、ならこういうのはどうかな?」
荷車の車輪を手の甲で叩きながら、彼女は続ける。
「私がこの荷車を修理する変わりに幾つかこの中でも霖之助がいらないものを貰うと言うのは如何?」
「直せるのか?」
「河童の技術力をなめてはいかんよ。で、商談成立で良いかい?」
「止むを得ないかな。良いよ商談成立で」
「あいよっ。40秒で終わるからちょっと待ってね」
言うなり直ぐに彼女は修理に取り掛かる。
如何考えても40秒で直る筈は無いのだが彼女の愛嬌だろうと考え、その場にあるガラクタに腰を据える。
「出来たよー」
――と同時に出来上がったらしい。
「40秒も掛からなかったね」
「私が河童って事、忘れてないかい?ちょちょいっとフレーム直して補強して終わりさね」
成る程、確かにしっかり修繕が終わってる上に外の世界で見られるようなホイールを使って4輪供に補強されている。
……河童の技術力以前にフレームを素手で直す河童の腕力の方が驚くべきことなのだろう。
「勝手に積んであるの使わせてもらったけれど問題無いよね?」
「あ、ああ…。凄いな」
「ふふーん、それは兎も角幾つか要らない物はおいとかないと動けないだろうし退けさせて貰うよ」
「それじゃあその冷蔵庫とその蓄音機を退けて貰えると助かるよ」
「あいよっ」
霖之助が両手でなんとか持てた物を片手でひょいっとぶん投げる。
元が素手壊れたものであるのでまぁ雑に扱っても大丈夫だろう。
「ほいっと、んじゃ気を付けて帰りなよ?」
「ああ助かるよ。それじゃ失礼」
「っと、ちょい待ち。私と来たら働いておいて何も受け取らずに帰る所だったよ」
荷車に手をかけ、今にも帰らんとする霖之助の荷車に力の割りに軽いにとりがひょいっと飛び乗られた。
大袈裟に溜息を付く霖之助であったが、仕方ないと締めくくり彼女を荷台に乗せたまま帰途に付く事となった。
かくも2桁に及ぶ荷車のにとりとそれを引く霖之助の光景はまだまだ本人たちが希望する限り続く事だろう。
かくして霖之助の『愛着』が沸く荷車は日々改造され続け、また壊れ続けるのであった。
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