幾分か過ごし易い気温になった頃、雪解けに名残雪。
神社前の雪だるまが完全に溶け切った、冬の終わりが見える頃。
地の底にいる霊が地上に送り込まれてお祭り騒ぎをしてそそくさと帰って行った後である。
後の祭り、とでも言えば良いのか?しかし後悔していると言う意味合いとは違っているのでこの言葉は違うだろうか。
地霊殿奥深くでの事件から暫く経ってそれなりに時間がたった頃、だ。
山の上の巫女は開き直り、山の天狗は地の底の鬼に怯えて、
とはいっても鬼が山に戻る意思はないと聞くと安堵したとかなんとか。
この事件の名残と言えばいいのだろうか?いくらかの場所に変化が見られた。
一部霊と一緒に出てきた温泉が今なお噴出し続けている所もあれば、
はてまた自縛霊が屯(たむろ)している場所が出来てしまったり、だ。
霊たちは寒くてジメジメした所を好むらしい。
故にその寒くてジメジメしている場所で件の巫女の御札が馬鹿売れとかなんとか。
実際の効き目はもちろん抜群で人間にも妖怪にも分け隔てなく通用するとか。
……心の底から意味が無い。
風の噂によると案の定一つ残らず返品されたらしい。
そんな訳で一時の楽の為に商売事を有耶無耶にしてしまったりした彼女。名を博麗霊夢という。
商売人としては三流以下だろうか、巫女としても大妖怪に言わせれば2流らしいが、
其れはともかく置いといて、稼げるときに稼げなかった彼女は仏頂面を何時もよりほんの少し強めてある場所へと向かっていた。
草木ばかりの道を歩く彼女の後ろにとてとてと追従する黒猫が一匹。
見るものが見ればただの猫ではないと思うだろうし、思わない者と言うのもあまりいないだろう。
くぁっとあくびをしながら霊夢の後ろをついていく、そんな奇妙な姿が見かけられた。
数分後、どうやら目的地に着いたようだ。
古ぼけた外装に乱雑に置かれたガラクタがゴミ屋敷を彷彿とさせるが、
それは本人曰くゴミではなく商品、でかつ夢のようなガラクタ……らしい。胡散臭さ満点。
ずかずかと足音を立てながら扉を弾いて開き、
カウンターに座っている青年を見据えると先程までの仏頂面が無かったのかのように、笑顔でそう言った。
「こんにちは霖之助さん。早速商品とお茶を貰っていくわね」
「来て早々物騒なことを言わない。それにとうとうツケとも言わなくなったか」
明け方の魔法の森の入り口付近にひっそりと建っている香霖堂。
半人半妖の店主が営む変わったお店だ。
と言うのも幻想郷の外に広がる世界の道具、大半はガラクタ同然だがそれらを取り扱っている店が変わっていない筈も無い。
そもそも外の世界の道具という用途も名前も不明なそれらを取り扱うこと自体が変以外の言葉で何と表現すればよいのだろうか。
しかしそんなガラクタも使用法さえ分かり、使いこなせれば外の世界の高い技術の恩恵が受けられると言うのは稗田の弁。
また、彼の『道具の名前と用途が判る程度の能力』も助長して使用法もあるていど判り易く、幾らかのガラクタからは恩恵が受けられる様になっているとか。
……ただ、使いこなせた道具の殆どを非売品にしてしまう癖さえ無ければもう少し店は華やかになっていたことだろう。
外の世界の道具を取り扱う彼にとって、用途が判る品物は特に貴重な物。
自分だけが外の世界の恩恵を受けているのだ、というのも稗田の弁。
ただ純粋に彼は外の世界の道具が好きなだけ、純粋なだけに話はややこしいのだ。
売ってくれないのならなんとやら。
奪うなり聞き出すなり騙すなりされてしまう。
今日も恫喝巫女から懸命に商品を守る商人の意地があったとか無かったとか。
「まぁ、ツケと言うからにはいつか払ってくれると信じているよ」
ため息をついてわざとらしくやれやれというジェスチャーをする。
言葉とは裏腹に全く期待をしていないのだろう。
「あら、博麗の巫女が嘘を付くと思うの?」
「………………うん、そうだね」
「何よ今の間とさり気なくどちらとも取れる明らかに誤魔化しましたみたいな返事は」
「それは兎も角何が要るんだい?」
「……霖之助さんも魔理沙に似てきたわね」
巫女曰く具体的に言えば都合が悪くなると人の話を無視するあたりだそうで。
「それはおいおい、後ろの猫を見る限り少し面倒そうな話な様だね」
「面倒とは何さ!こんな美猫一匹捕まえて面倒とはどんな了見だい!?」
霖之助が軽口を叩くと堪らずに二尾の黒猫が言う。
霖之助自身はまだ猫又だと考えている事だろうが、ほんの少し違うらしい。
猫であっても、死体や幽霊と自由に会話を試みることなど不可能なのだから。
「おやおや、随分と口が達者だね」
「飼い主に似たのかしら。でもあれは口が達者というか口走りと言えばいいのかしら?」
「いやいや霊夢、その飼い主とやらを知らない僕に聞かれても困るよ」
「地霊殿の管理人と言えば大抵判るでしょ?」
飄々と、何故か自慢げに言うが、霖之輔は顔を傾げるばかりだ。
「……まぁ、そこまで長く生きてないから仕方無いだろう」
「って本当に知らないのかい。珍しいねぇ」
生憎と霖之助の年齢は3桁に達していない。
……内面は100超えてそうな気がするが本人曰くまだまだ若い筈……だ、うん。
地霊殿、つまり元地獄が移動したことは知識として知ってはいても、
生憎その頃に生きていた訳でもないので詳しいことはあまり知らないらしい。
当時の記帳を探せば記述があるかもしれないが、霖之輔にはどうしても倉庫をひっくり返すようなことをする気にはなれなかった。
「うーん、地底は嫌われ者の巣窟だと聞いていたが」
「土蜘蛛、嫉妬狂い、鬼、覗き魔、まぁ確かに嫌われ者ね」
「さとり様を覗き魔とか言うなって、気持ちは判るけれど」
「覗き間がそれと分かる時点で思うところがあるのね。まぁ、喋らずに会話が出来るのは便利だけどね」
「ああ、うちにきたら接客しなくても何とかなりそうだね」
「……絶対来ないから。こんなガラクタなんて頭下げられても買わないだろうし」
まぁゴミ屋敷と相違の無い店に進んで入ろうと思うものは早々居ないので。
残念、香霖の堕落接客計画はここで終わってしまった。
「それはともかく、ちょっとこっち来て」
「ん?」
と、言うと入り口に置いてある毛玉にご執心気味なお燐から隠れるようにして霊夢は霖之助を店の奥へと引っ張る。
大概は後ろめたいお燐に聞かれたくない内容の事なんだろうなだろうと思っているのか、霖之助はため息を一つ吐いた。
店の奥に引きづられ、突如手を離されてどんもり打つがそれ見ようが無しに平然と振り返る巫女。
そんな巫女の相談事は結論から言うと、霖之助にとっては『どうしろと』嘆きたくなるような事柄であった。
恐らくは妖の側に限りなく近いもので一番知識を持っていてなおかつ信頼できるから尋ねたのだろうが、
如何せん勝手が違う。彼女の種族はあくまで猫の妖怪であって半妖である霖之助の知識には合致する情報が無い。
もし霖之助に猫妖怪の血が流れていたのなら質問に答えられていたし、
何より霖之助の耳には特徴的な耳が出来ていただろう。
……いや、もしもの話だがそこ、真剣に想像しない。
少し溜息をつくと彼女は観念したように顔を上げた。
彼女らしからぬ、もしや別の真面目な内容なのだろうか?
「あの子ウチで飼うことになったのだけれど……餌、何をあげればいいのかしら?」
本人には何となく聞きづらくてね、と頬をかきながら霊夢は続けた。
ここら辺が彼女の可愛いところであると霖之助は考えている。
素っ気無く振舞いながら、その実寂しがりやの人見知りの心配性に照れ症、挙句に素直になれないと来たものだ。
態々冷たくしながら飼う振る舞いをしているのに好きな料理や苦手なものを聞くのはおかしいとでも考えているのだろう。
杞憂に終わった事柄を頭の外に思いっきりぶん投げつつ霖之助は笑みをかみ殺して思考する。
霖之助には猫に関する正確な情報を持っていないし、何よりも抽象的にだが答えを持っていた。
「……なんでも食べられるんじゃないかい?たとえ人でも」
「とりあえずそれは却下。で何を餌にしたらいいのかしら」
「いや、他の妖怪は普通に食べられるものは食べていると思うけれど」
「犬の妖怪は柑橘類を酷く嫌うわ」
「嗚呼、そういうことか」
詰まるところ、霊夢はあくまで「猫」に与えてはいけない食物を尋ねに来たのだろう。
たしかに一部の動物は食べられない食物が存在する。
犬であれば鼻を刺すような臭いがする柑橘類、またタマネギを食すと中毒を起こし最悪の場合死亡する。
逆に人間が食べられないようなものでも食べられる種は存在するが猫は霖之助の記憶が正しければそれには該当しない…筈だ。
少なくとも飼う責任というのを重々理解してなければこういう事を聞くまいと、
霖之助はこの質問にしっかりと答えることを硬く心に決めたようだった。
即座にその場にある飼育本を開くと慣れた手つきでその項目を探り当てると、
顎に手を当てて冷や汗を一つ。
どうやら霖之助は大体読んだ本の配置やら内容をある程度把握しているのだろう。
「で、どうなの?」
「んー、後は本人の話を聞きながらかな?」
そっか、と言うとなにやら安心した様子で霊夢は踵を返す。
少なくとも彼女の中にある霖之助に聞けば何とかなるという考えは正しいのだろう。
巫女の感が告げているらしい。
「お、お帰りー。何をコソコソしていたんだい?」
「まぁ色々とね」
「そう色々よ」
「逢引なら他所でやりなよ?」
「逢引?誰と?」
「それにもし逢引をしていたのなら他所に行くのは君の方だよ」
「やっぱり逢引か」
戻るとニヤニヤと嫌な表情をしながら2人を見比べる黒猫が一匹待ち構えていた。
暇をもてあましていた様で、おもちゃにされた壷は店の隅でポツンと横たわっている。
見れば少しの間にでも日は暮れ初め、窓から紅の夕日が差し込んでいる。
矢張り冬が終わりかけであっても日照時間は早々変わらぬようで直ぐに暗くなってしまう。
これらの現象を霖之助が見逃す筈も無く、彼の思考は如何や手気取られずに彼女から苦手なものを聞きだすかにフル稼働していた。
「まぁ時間も遅いし今日は此処で食べるといい。茶葉を持っていかないようだしね」
「はぁ?それはしっかり頂くわよ?」
「……じゃあそのまま帰るといい」
質問に答えないよ、と燐には聞こえない程度の声量で霖之助が言う。
こうなれば立場が無いのは彼女であって、茶葉を持って帰れないのも彼女である。
「っう、分かったわよ。その代わり豪勢に頼むわよ」
「んや?私もいいのか?」
「一人分増えたところで困ることは無い、それじゃあ準備してくるから"何か苦手なものがあれば言ってくれ"」
そう言いながら背中を向け、台所へ向かう。
どうやら霖之助は食事を提供するついでに聴き出す事にしたようだ。
すると少し悩んだ様子で、燐が口を開く。
「タマネギとネギと甘いものとコーヒーとお酒と牛乳とキノコと貝とパンと海苔と柿とマグロと――
注意書き:猫や犬は人間と違うので人間の食べるようなものは与えないように。
基本的に人間向きに味付けされたものは毒と受け取って構わないそうです。旨味=毒と言いますし。
それと飼育は命を預かる行為です。しっかりと猫の習慣を理解し、学習してから飼う決断をしましょう。
「……霊夢」
「何よ」
「動物を飼うのは大変だよ」
「……ですよねー」
「なんか色々ごめんねー。あ、でも別に頻繁に食べる必要ないから地霊殿で食べるし食費については――」
「いや、食費の事を気にしているわけじゃないんだ」
「地底でも博麗神社=貧乏の構図があるのね。忌々しい」
「霊夢、キャラが違うよ」
後日八雲印のキャットフードを大量受注する店主の姿と、
新たな闘争の為に修行に励む巫女が居たらしい。
それと関東風のねこまんまは偶にお腹を壊す猫も居るようです。
鰹節にはご注意をば。
PR