「要約すると鬼は天狗と同じような物と見られている訳だよ」
目の前でふらふら揺れるリボンと角を見下ろしながら僕はくいっと酒を煽った。
縁側で何を見るでもなく呑む酒と言うのも悪くは無い。
見るものも無いというわけでもないし。
「おっと嘘はいけないよ霖之助」
「嘘をつく必要が無いだろう。必要以上に嘘をつく程捻くれてはいないよ」
「大体さー、天狗笑いとか言う諺がある時点でちょっと向こうの方が良い扱いされている気がするんだよねー」
「確かそれは幻覚とかそういう意味だったね、だけど天狗たちには君達と同じように人を攫う逸話が多いから似たような物だよ」
「人間なんて誰でも攫うじゃないか。第一霖之助は適当に物事を言い過ぎだよ」
そう言って拗ねたように頬を膨らませ瓶を空にする彼女。
これ以上呑まれたら店の中の酒という酒が全て無くなってしまいそうだ。
「それに、人間と仲良くなったら薪とか酒とかを交換し合っていたそうじゃないか」
「それが如何かしたの?」
「天狗も似たような事してるよ」
「だからそういうのは何処でもやってるって」
「そうかな」
「そうだよ」
「むぅ」
先程より機嫌を悪くした萃香はまた一つ瓶を空にした。
その瓶に鬼殺しと書かれていた事は彼女を更に苛立たせるだろうから黙っておく事にする。
「まぁ、何れにせよ」
「ん?」
「天狗と同じくらいとっつき易いから似たような物だよきっと」
「…………」
「こうやって楽しく酒を呑めるんだったら種族とか関係無しに、ね」
そう言うと何故か彼女は俯いて……かと思えば酒を一気に飲み干し、
ぷはー、と景気の良い声を上げると此方を振り向いた。
「私は誰かと同じじゃなくてそれ以上になりたいんだけどねぇ」
そう言った彼女の顔は酒を煽っていた時よりも深く朱に染まっていて、
それはまるで年頃の少女のような仕草であった。
「こんな頻繁に呑み会う酒の友を他人と同類と言っていたのか僕は」
「そうだよ。失礼極まりないね」
「だけど真意は違うからそう受け取ってもらうと困るかな」
「ならその真意とやらをご教授頂こうじゃないか」
膝の上で胡坐をかく少女は肘を付くと此方を見上げて来る。
「君は最近種族の差と言うのに悩んでいた」
「そうだよ。一緒に酒が飲めればそれだけでも同じ様なものだと言うのに」
「だから、僕はこう言いたかったんだ『僕と君は種族以前に良い酒呑み同志だよ』ってね」
「はははっ、改めて言われると照れるな」
照れたように頭をかく彼女。
少なくとも誤解は解けたようだけど。
「ん? 前に僕は似たような事を言ったかな」
「言った言った。あの時は悪かった」
「ああ、外の世界最強のお酒だっけ」
「流石にあの時は吃驚したよ。私はあの時ほど自分の種族とやらに後悔したことは無いよ」
「僕が倒れたからって其処まで種族を意識する事は無いんじゃないかな」
「いや、私も霖之助も酒が強いだろう。だけど種族の差の所為で霖之助の限界を汲み取る事ができなかった」
「生死を彷徨う事なんて日常茶飯事だから気にしなくても良いのに」
「…日常茶飯事にするなよ死に掛ける事を」
「まぁ、それで種族の差を意識するようになったんだね」
「違う、全くでもって霖之助はしょうがないなぁ」
徳利で一献、強めの酒をまた一口呑む。
体温もいい感じに上がって来た様で、吹き込む風が非常に冷たいけれど心地良い。
「あの時に霖之助はあの台詞を言ったんだよ」
「そうか」
そうは言うがあの時の記憶はただ彼女の泣き顔を見たくないから、
泣き止んで欲しいとずっと考えていたいただけで正直な話良く覚えては居なかった。
「だから私はあの時から種族とかそういうのを意識したくないと意識し始めたんだろうね」
「だから僕が君の異変に気付いた訳だ」
此処最近の彼女は話の引き合いに良く鬼だから、妖怪だし、人間とは、と言っていた。
そこから違和感を感じた僕は種族に其処まで意識を置く物ではないと諭す心算であったのだが。
「だけど解決済みだったなんてね、無駄骨だったかな」
「んー、知ってるか霖之助」
「ん?」
「何処かの誰かが言うにはこの世に無駄な物なんて何一つ無いんだってさ」
そう言ってもう一瓶開けた彼女は意気揚々に続ける。
「だって、霖之助のその心配が私は嬉しかったんだからね~。お姉さんはうれしいよ~。こん畜生め~」
「おっと」
唐突に抱きつかれて支えを挫かれ倒れてしまった。
ちょっと角についている飾りが摩り当たって痛かったがそれを指摘するほど僕は無粋でも捻くれてもいない。
しかしこの体勢は……。
「なんか押し倒されているみたいだね」
「押し倒してるんだよ、『酒呑み同志』以上になりたいからね」
「あはは、如何言う事かな」
「つまり、こういう事」
――あんたを他の誰にも渡したくないし、他の奴と同じ部類として比べられたくないってね。
顔が迫って、唇に来る温かい感覚。
おやおや、どうやら僕は鬼に攫われてしまうみたいだ。
つつぅと伝う唇と唇の間にある唾液の糸を拭って、尋ねる。
「これから鬼隠しって筋かい?」
「いやいや、まだまだ攫うのは先の話だよ」
「じゃあ何をするんだい」
「勿論決まってるじゃないか。先約を取る、それだけだよ」
そうして夜空がきらめくその夜にもう一度僕たちは唇を縫い合わせた。
お互いが互いの特別になりたいから。
友人とは違った居場所に居たいから。
何よりも互いに愛し合っているから。
僕は近日のうちに神隠しに会うだろう。
だけど居なくなってもどうか探さないで欲しい、それだけが僕の今の心境だった。
キスが終わり、始まり、終わる。
少なくとも友人以上の関係がそこには存在する。
――鬼のとの営みはまだ終わらない。