運命を操る私にとって運命の赤い糸という物は存在し得ないし、どちらかと言うと嫌いなものだった。
他の運命の道筋を大まかに知る事が出来てもそれを自分本位の方向に指針を向けることは非常に難しく、
その変わった進路による変化も曖昧でその曖昧さが苛々する。
そんな私の能力は不安定と言うよりは未発達といったほうが正しいのかもしれないが、
実際運命という物は過去の積み重ねによって瞬く間に変わっていく所為で現れては消え、
位置を変えて方向を変えて気まぐれに漂うそれを完璧に操れと言うのも無理な話だろう。
だから道筋に変化を来たす要因である赤い糸と言う存在を煩わしく、なおかつ否定していたのも確かだ。
目の前にそれが現れるまでは。
「お嬢様、お時間で御座います」
深夜。悪魔の本領の時間。
吸血鬼として活動を開始する頃。
「ん……今起きる。 ……ん?」
「如何されましたか」
「咲夜、なにそれ」
「はい?」
そこには小指に赤い線を括りつけた咲夜が立っていた。
何時からツッコミ待ちなんてスキルを持ち合わせる子になったのかしらね。
「どっかの子供みたいに小指に赤い糸なんて結んじゃって何をしたいのかしら?」
「えーとお嬢様? まだ寝ぼけてらっしゃいます?」
「寝ぼける? 私が何時寝ぼけた事がある?」
「以前私に抱きついてお母さんとほざいたのは何処の誰でしょうか」
「今時そんなボケをする奴なんて居るのかしら? 居たとしても2流以下ね」
「では2流のお嬢様、早速顔を洗いに行きましょう」
「んー……今行くわ」
言い返せず観念する。
取りあえず目の前にある咲夜のそれに手を伸ばしてみるとその紐は案外柔らかく出来ていた。
これでセーターとか編めそうだ。めんどくさいからしないけど。
「……お嬢様何を?」
「ふーん」
掴めたという事。
少なくとも見間違いでは無い事はよく解ったのだけれども、
咲夜は相変わらず怪訝な表情で赤い糸をつかんでいる私の手を見つめていた。
不思議にもその糸の先は壁を貫通していてそれが咲夜の突っ込み待ちではないという事も良く解った。
「ねぇ咲夜。貴女にはこれが見えないのかしら」
「これと言うと先ほどお嬢様が言っていた赤い糸ですか?」
「……どうやら見えていない様ね」
「お嬢様、もしかして運命の赤い糸でも見れるようになったのですか?」
「そうかも知れないわ。それにしてもこの糸頑丈ね」
「……千切ろうとしないで下さい」
「あら? 咲夜もいつの間に色恋を知る年になったのかしら」
「いや本当に勘弁してくださいって」
先程から全力で紐を千切ろうとしているのだが柔らかい癖にやたらと頑丈にできているそれを千切る事はできなかった。
ふーん。へーぇ? 成る程、其れほどまでにその相手に御執心という事かしら?
絆とやらが深ければ深いほど頑丈に出来ているとかそういうのかしらね。
まぁいざとなったらグングニルで無理にでも壊せそうだけれど。
「随分と御執心みたいじゃない。この幸せ者は誰かしらね」
「とりあえず食事が冷めてしまいますわ。早く行かないと紅茶の中の血がかさぶたになってしまいますよ?」
う~ん、それは困る。
もうちょっと咲夜を弄りたかったのだが本格的に其れは困る。
慌てて身支度をして私を待つ食卓に行かねばと、意気揚々に自室の扉を開けば――
「……うっわぁ」
あちらこちらで壁を貫通したり絡み合ったりするうざったい赤い糸。
それが見事に紅魔館のあちこちでくもの巣のように張り巡らされていた。
「……ふぅ」
テラスで優雅に味わう紅茶。
しかしそれを阻害する物があまりにも多すぎる。
「紅魔館が赤魔館みたいになってるじゃない」
「色合い的には似たような物ね」
「赤と紅はあまりにも違う物よパチェ」
「あら、どれくらい?」
「紅の豚が赤い豚に変わってしまうくらいよ」
「飛べても唯の豚って事ね」
紅魔館は運命の赤い糸で一杯だ。
目の前をちょろちょろ風に揺れるこの糸が忌々しい。
優雅なティータイムとやらが実に台無しだ。
「それにしてもまだレミィの能力が成長途上だったなんてね」
「成長途上?」
「簡単に言うとレベルアップして新しい技を覚えたような物よ。」
「つまり私は子供も同然と言う事かしら」
「容姿も全て子供ね。まぁ吸血鬼は基本不老不死だし500歳で成長途上と言うのも頷けるわ」
「お嬢様のレベルが501に上がった。レベルが上がって運命の赤い糸を覚えた、と言う事ですわね」
「大まかに言えばその通りよ」
「ふふふ、日増しにカリスマが増えていくという事ね」
「いや、その理屈はおかしいですわ」
「某青狸みたいな事言わないの」
「だって咲夜の言う通りレミィのカリスマは絶賛放出中よ」
「ほぅ、何処がだ?」
声に迫力を込めてついでに最近開発したカリスマ溢れる仕草をしてみたがパチェの言葉は正しかったらしい。
即座に発情期に達した犬を壁にめり込ませながら言葉を続ける。
「とにかく、普段見えていても迷惑にしかならないから如何にかして見えなくしないといけないわね」
「別に普段見えていても問題無いんじゃない?」
「目の前をちょろちょろうっとおしいし何より私は自分の家が赤い家に見えるのは嫌なのよ」
「とっくの昔から赤いじゃない」
「紅と赤は違うのよ、例えば赤い狐と緑の狸ぐらい」
「霊夢と早苗ぐらいに違うのね。良く解らないけど」
これだから美的センスがずれた魔女は。
この紅く美しい館から変な赤い糸が飛び出している光景なんて気味が悪いと言うのに。
「所でレミィ、聞きたいことがあるのだけれど」
「運命の相手とやらを知りたいのかしら?」
「ご名答、教えてくれないかしら」
「無理よ」
「何で?」
「貴女の赤い糸根元で千切れてるもの」
あらら泣き出しちゃった。むきゅーむきゅーって可愛いわね。
「まぁよく解らないけれどこの運命の赤い糸は過去の積み重ねだから、それっぽい行動示せばまた繋がるんじゃないかしら」
「……例えば?」
「うーん、趣味が一緒の人物と繋がる事とか俗に言うフラグを成立させた相手に繋がってるみたいね」
「つまり結ばれる可能性があると赤い糸で繋がれると言う事かしら」
「その通り。結局運命と言うのは簡単に変化しちゃうから何処かでうたわれる程確実な物ではないわ」
「だけどレミィ、貴女その能力に目覚めてから1日も経ってないのにどうしてそんな事が解るの?」
「解ってしまうのよ。赤い糸を見るたびにこう言う事だって理解してしまうの」
何処ぞの超能力者みたいな事を言ってるなとか思いつつ一口紅茶を口に含む。
実際解っている事は根元で糸が千切れていると言う事は運命の相手は既に逝ってしまっていると言う事かしらね。
読者サービス的に説明するわね。丁度パチェと同じように根元から千切れた糸を持っている妖精メイドが其処に居るわ。
彼女は人間と恋していたらしいのだけれど妖精と人間の寿命の違いによって隔てられてしまったと専らの噂だ。
だから恋愛自体を諦めたり死んだ相手を慕っているのなら根元から千切れてしまうというわけね。
そして彼女が持っている赤ん坊の赤い糸は垂れている居る様だ。
基本的に繋がる相手が居ないとああなってしまうみたいで咲夜の赤い糸も器用に壁からはみ出して風になびいている。
まぁこの赤い糸は浮気性みたいで繋がったり千切れたりが激しい事からパチェとか妖精メイドの運命の相手とやらをどれ程愛していたか解ってしまうわね。
このまま無駄に誤魔化してても良くないから言っておこうかしら。
「貴女が運命の相手を望んでいないのであれば仕方が無い事じゃない」
「……」
「もう繋がれるはずの無い相手に貴女が執心していると言う事は運命の相手を望まないと言う事よ」
「……なんでもお見通しね」
「無類の友人の考える事くらい知らないでどうするのよ」
「御免なさいレミィ、あなたの考えている事が解らないわ」
「あれぇ~?」
折角いい事言ったのに台無しじゃない。
謝罪と損害賠償を以下略よ。
「ではお嬢様、私の運命の相手を教えて頂けませんか」
復活の早い事だ。
たまに咲夜が本当に人間なのか疑ってしまう事があるわね、今みたいに。
「どうせ門番目当てなんでしょうに聞く必要あるのかしら?」
「うっ…中国は関係無いですわ」
「……とりあえずアドバイスだけ言っておくわね」
「はい?」
咲夜の小指について風になびいている糸が少しだけ門番の居る方角に向いた様な気がした。
このアドバイスをしっかり聞いてくれればいいのだけれどねぇ、このツンデレ従者は。
「貴女の慕う相手は鈍すぎる、愚鈍ね。自覚しているのならもっと素直になってアプローチしなさい。さもないと相手が意識してくれないわよ」
「で、ですが気付いてくれないのは……」
「気付かせてあげられてない咲夜にも悪いところがあるじゃない。自分を棚に上げないの」
「あ…あの……」
「あの阿呆門番の赤い糸は常に咲夜の居る方向に向いているわ。逆もまた叱り。意味は解るわよね?」
今にも沸騰しそうな程顔を真っ赤にする咲夜は面白いわね。天狗製の写真に収めようかしら?
赤い糸が結ばれたい相手に向いていても繋がってないと言う事はその愛に何処か諦めのような物があると言う事。
大方私には釣り合わないだとか立場が違うとかくだらない事ばかり心配して奥手になっているそうなるみたいね。
「……まったく。明後日に休暇をあげるから門番とデートでもしなさい。門番にも理由作って暇を与えておくわ」
「だからあの…その……」
「まだ奥手になっているのかしら? 誘うも誘わないも貴女次第よ。頑張りなさい」
完全に沸騰して卒倒したメイドを見届けてその場を後にする。
とりあえずこれで糸は繋がる事でしょうね。
「いいお母さんねレミィ」
「そんなんじゃないわよ」
「じゃあ何かしら?」
「そうね……さしずめキューピットかしら」
「スカーレットキューピットデビル。何か変ね」
「センスが微塵と感じられないわね、本当にパチェはセンス無いわね」
「紅魔館の主が何を言っているのかしら」
「……」
少なくともこの能力の所為で今後も身近で色恋沙汰に巻き込まれる事でしょうね。
まぁ、面白いからいいのだけれどやはり赤い館は嫌だからなんとかして見えなくする方法を探さないとね。
ちょっとだけ運命とやらを好きになったそんな一日はまだ始まったばかり。