遠い記憶。
なくなった記憶。
その日の事を知るものはただ一人。
(注:ギャグ要素が強いです)
夜も拭ける寝静まる霧雨の館。
その館の一室でただ一人本を読んでいると幼い彼女がやって来た。
「ん? 魔理沙じゃないか。こんな夜更けに何か用かい?」
「香霖、爪切りをもってない?」
「あるにはあるけど夜中に爪を切るのは戴けない」
「ん?なんで?」
「夜中に爪を切ると親の死に際に立ち会えなくなってしまうんだよ」
「どうしてなの?」
(さて、如何した物か)
知っていることをありのまま話すとどうなるだろう
「人が寝静まる時間である夜は妖怪や悪霊やら魑魅魍魎が跳梁跋扈する世界があると考えられていたんだ。
だからそんな夜に魔を払う刃物を自分自身に向けると言う事はそれらをおびき寄せる行為と変わらないんだよ。
さらに言えば散髪とか爪切りとか身体に手を加える行為は昼に行なわれる行為だから夜にしてはいけないんだ。
爪や髪は死後も伸び続けるその生命力から生命の象徴とされて良くお墓とかに一緒に入れられるのだけれど、
その自分自身の生命の象徴を魑魅魍魎が跳梁跋扈する夜に切ると如何なるか良く解るだろう?」
「香霖の話長いから嫌~」
「……」
(こうなるのは目に見えているな)
はぐらかすかな?
「それにもうそろそろ子供は寝る時間だよ。魔理沙が寝てくれないと僕が大目玉食らってしまうんだよ」
「大目玉って食べられるの?」
「いやいや……」
(確か前も似たような事があったような気がする…)
押し切るか?
「とにかくそう言う風に言い伝えられた物を無下に扱う物ではないよ」
「私はそんな事言い伝えられてないよ」
「今確かに言い伝えたよ」
「むー」
(あんまり推奨は出来ないかな…)
四月馬鹿だし嘘を教えるとしよう
「夜中に爪を切るとその手の妖怪に首をはさみでちょん切られてしまうんだよ」
「…はさみ? もしかしてシザーマンが来るの?」
「(しざーまん?)ああ、自分自身が死んでしまったら親の死に際に一緒に居るなんて無理な話だろう?」
「嫌! シザーマン嫌! びゃぁあああああああ」
(…魔理沙が泣き叫ぶほど心理的外傷を生み出したしざーまんとは何なのだろう)
その光景を最後に映像は霧散した。
目を覚ますと辺りは闇に包まれている。
昼寝の心算が本格的に寝込んでしまったのだろうと、自嘲気味に笑みを溢す。
……それにしても随分と懐かしい夢を見たものだ。
魔理沙にもあんな可愛げのある頃があったものだなとしみじみ思うよ。
今でもある程度可愛げはあるけどもう少しおしとやかで合って欲しかったな。
「おお、起きたか香霖」
「勝手にやらせてもらってるわよ」
と、少なくとも目の前で不法侵入を働く少女2人を睨みながらそう考えていた。
「昔はあれだけ可愛かったのに時間というのは残酷だよ」
「起きながら寝言を言うなんて器用になったな」
「変なところだけ器用なのは何時もの事でしょ」
「違いないぜ」
君ら大概酷いよね。と言う言葉を飲み込んで変わりに溜息を吐く。
このままだと長生き出来ないかもしれないなとか考えつつ身を起こす。
見ると勝手に茶と菓子を馳走になっている様で、机の上の皿には無残にも楽しみに取っておいた羊羹の残骸が転がっていた。
大概こう言う事には慣れているので文句を言わず、代わりに冷たい視線を返すことにした。
「……所でこんな夜分に何か用かい?」
「私は八卦路の修理を頼もうと思ってな、霊夢は?」
「爪切りを無くしちゃったから貰いに来たのよ」
「貰いに来たと言うのがいかにも君らしい発言だね。そろそろツケは6桁に届きそうなんだが」
「死ぬ前には返すわよ」
「人の台詞を取るなよ霊夢」
「ふむ、博麗の貧乏巫女借金がとうとう100万を突破。中々良い見出しじゃないか」
「天狗に知らせるなんて卑怯よ」
「だったら今回ばかりは御代を頂戴しますよっと」
立ち上がって目的のそれを手に取り、目の前でぶぅたれる巫女に放り投げる。
すると変わりにお代を投げ返され業界用語で言うところのピチューンをしてしまった。
何時から巫女を廃業して銭形平次を目指したのだろうか。それとも弾幕を銭に替えたのか?
どっちみちうちと同様に儲からない事には変わりないだろう。
「よっととかおじさん臭いわね」
「まだまだ僕は若いよ」
「昔っから香霖は親父臭いぜ」
「……昔の君は以下省略だね」
「略するなよ」
「大体解っているんだろう? なら言う必要は無い」
「香霖も大概酷いぜって霊夢何やってるんだ」
見ると霊夢は夜中にも拘らず爪切りをしていた。
彼女は戒めの一つも知らないのだろうか?
「何って爪切りよ。見て解らないの」
平然と言い切った。
私は馬鹿ですと言うのと同然の台詞を吐いたよこの巫女は。
「流石に巫女が戒めを破るのは不味いのでは無いのかい」
「大丈夫よ。馬鹿な都市伝説を信じるほど馬鹿じゃないから」
「いやそうじゃなくってね」
第一ここは都市じゃなくて幻想郷だよ。
と言う言葉は目の前で蒼白になる魔理沙の所為で飲み込まざるを得なくなってしまった。
…あの夢は複線か。
ベタにも程があるだろう。
「来るぜ…」
「魔理沙。あれは四月馬鹿だ――」
――その時近くで肉を刻むような音が聞こえたような気がした。
同時に鳴り響く骨を砕く嫌な音。
一体全体何だと……思って…いる……ん…
ジャキン ジャキンと言う鉄の擦れる音が聞こえたような気がした。
おしまい
おまけ
慧音「勿論無かった事に☆」